ごきげんよう、祈(いのり/inori)です。
4/7、突然の新作発表がありましたね。130枚の中篇「武蔵境のありくい」。
ユーモラスなタイトルに違わずさらっと読むとかわいらしい内容…に思えますが、これって実は結構コワイ話なんじゃないの?というのが今回の記事です。
いつも以上にこじつけなので、こんな読み方もあるかなぁ?くらいでお読みいただけたら嬉しいです。
※最新作のネタバレを含みます。未読のかたはお気をつけください。
(以下、同作品のページ数に関するすべての記載は、『新潮 第122巻第5号』に拠ります。)

[目次]
◆ありくいとジャガーの伝承
◆2つの仮説
◆読者も試されているー前作から地続きのテーマー
◆まとめ
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◆ありくいとジャガーの伝承
今回の物語は「やたら礼儀正しい動物が日常の中にごろんと現れて、主人公に頼みごとをする」という構造をもっています。この点において、「かえるくん、東京を救う」との類似性が指摘できます。
(「騎士団長殺し」や「UFOが釧路に降りる」など、類似性を指摘できる作品は他にもいくつかありそうですね)
そして、今回
・善性=かえるくんにあたる存在=ありくい(の夫婦)
・悪性=みみずくんにあたる存在=ジャガー
が配置されているように見えます。
本文中でも記載がありましたが、ありくいとジャガーは生息域が被っており、ジャガーはありくいの代表的な天敵として認知されているようです。
…ということは、その地域の神話や民話にありくいとジャガーに関するものが存在しないか?
少し調べてみたところ、以下のようなものがヒットしました。
(以下3つの記事はすべて原文が英語です。本記事ではGoogleのページ内翻訳機能で日本語に変換した文章を引用しています。)
例えば、ペルーのシピボ族とコニドボ族の間では、最初の巨大アリクイが強大なジャガーの毛皮をすり替えさせ、それ以来、2匹は互いの体に閉じ込められたままになっているという伝説が残っています。
The Pantanal Series: Walking with a Giant Anteater - Londolozi Blog
アマゾン川流域とパンタナールの先住民族の神話や民話では、オオアリクイはジャガーのいたずらっ子として描かれているだけでなく、その長い鼻先からユーモラスな存在としても描かれています。ある昔話では、アリクイがジャガーに水中での息止め勝負を挑み、ジャガーはそれを受け入れました。二人が毛皮を脱いで水中に潜ると、アリクイは水から飛び出してジャガーの毛皮を盗み、ジャガーはアリクイの毛皮だけを残して去っていきました。
Tricksters: Mesoamerican and South American Tricksters | Encyclopedia.com
シピボ族のトリックスターはアリクイで、ジャガーと「服」を交換することに成功します。その結果、人間の世界が生まれ、そこでは外見や体型が人を欺くことがあります。つまり、アリクイが実はジャガーだったり、ジャガーが実はアリクイだったりするのです(Roe, 1982)。
伝承に異同はつきものなので多少差異はありそうですが、
ありくいが起点となって、ジャガーと毛皮(服)を交換した
→ありくいとジャガーの外見が入れ替わった
ことは共通しているといえます。
なんだか気になりますね。引き続き見ていきましょう。
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◆2つの仮説
上記の伝承を踏まえると、ありくいは果たして無条件に信じていい存在なのか?という疑問が湧いてきます。わたしが最初に立てた仮説は
仮説1)ありくいとジャガーの中身が入れ替わっている
つまり、主人公の夏帆がありくいだと信じていた存在が実はジャガーで、ジャガーだと思っていた「とぎや」の店主が実はありくいだったのではないかという説です。
こちらの説には、支持材料と反論材料が1つずつあります。
+支持材料)歯で薬草を噛みほぐすという表現が出てくるが(p.37下段l.9-10)、実際のありくいには歯がないこと=ジャガー?
ー反論材料)ジャガーのにおいという、中身が入れ替わっていては成立しないであろう嗅覚の情報があること
しかしながら、上記で支持材料としたものは単なるファクトミスorフィクションならではの設定かなという気がします。そんなことを言い出したらありくいが座布団で正座をしたり眼鏡をかけていたりするのもファクトミスだろうという話になるからです(笑)明らかなフィクションを含む作品で、生物学的な根拠のみを適用して押し切ることはちょっと難しいでしょう。
ジャガーが入れ替わりを恨みに思ってありくいに危害を加えてやろうと画策したとしても、夏帆を通して刺殺させるのは回りくどいのではないかなと。食物連鎖の関係的にジャガーはありくいの上位存在なわけで、こっそり近寄って噛み殺せばそのほうが早い気がします。
ということで、ありくいとジャガーの中身が入れ替わっている説はわたしの中では説得力が低いと判断しました。ありくいはガワも中身もありくいであり、ジャガーはガワも中身もジャガーであるという前提で進めます。
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上記を踏まえて、わたしが提唱したいのは仮説2です。
仮説2)夏帆もルッキズムにとらわれた存在であるということを描くための設定である
今回わたしが気になったのは、ジャガーは少なくとも夏帆に実害を与えていないという点です。
A)子供たちが食い殺されたというありくいからの事前情報
B)ジャガー=「とぎや」の店主の外見が夏帆にとって恐ろしかった
の2点が主だったものでしょう。
このうちAについてはありくいからの伝聞でしかありません。そもそも事実かどうかわからないわけです。また、事実であったとしてもジャガーからすれば生きるために必要な捕食行動です。弱い子供から狙うという発想も動物の世界においては当然のことであり、そこに善悪は本来存在しないでしょう。
またBについても、繰り返しになりますが(描写されている範囲において)店主は夏帆に実害を与えていません。むしろ刃物も持たずに「とぎや」にやってきて、NG事項であるシロアリの名前を出してしまうというタブーを犯した夏帆に対し、乱暴な言葉遣いもせずに目的の箱を渡してあげたという点では誠実とさえ言えるかもしれません。
執拗に描写される(本文中ではp.32下段l.13-p.33上段l.2に至るまで、実に13行に渡って書かれている)見た目の不快感によって、夏帆は店主に一方的なマイナスイメージを持っているとは考えられないでしょうか。
ところで、夏帆は他人との距離感がうまくつかめなかったという描写があります。自身が「表面的に楽しげにふるま」い、「心を許せるような深い友だちは一人も見つからな」い経験しかもっていないということは、裏を返せば他人も表面的にしかとらえられない可能性があります。
そんな人間が一見キュートで善良そうなありくいから「あなたにしかできない…」と頼みごとをされてしまったら、判断力が弱まってしまうのも仕方がないのかもしれません。一方の言い分だけを聞いて先入観をもち、もう一方をその外見からさらに強固な偏見で固めていってしまう。そして背中を押されるがまま致命的に傷つけるということも、不自然ではないように思えるのです。
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◆読者も試されているー前作から地続きのテーマー
本作は「<夏帆>その2」という副題がついています。
前作「夏帆」には重要なキーワードとして「ルッキズム」が存在していましたが、今作には未登場であり、一見夏帆と佐原というキャラクターや世界観のみが引き継がれているように思えます。
ですが、先の毛皮を入れ替える伝承や、本文中で叔父が忠告する狸に化かされるエピソードなどから、外見だけで中身を判断してはいけないという示唆が読み取れます。
同様にこの作品全体からもルッキズムという要素を読み取るべきなのかもしれません。
n=1の意見を聞いて先入観を持ち、相手の外見で偏見を固め、攻撃していい存在だと認定する。このようなことはSNS上でよく見かける出来事のように思います。やはり本作は前作の「夏帆」と地続きで、SNSやルッキズムが根底にある世界観を描いているとわたしは読みます。
かわいらしいありくい夫婦とのやりとりに心を奪われ、ジャガーを悪として刺殺することに違和感を覚えない…そんな我々読者もSNS的・ルッキズム的価値観にとらわれていませんか?そう問いかけてくる作品なのだとしたら、とても恐ろしい作品ですよね。
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◆まとめ
本記事の内容まとめです。
●ありくいとジャガーの外見が入れ替わる伝承が存在することから、本作においてありくいを無条件に善なるものとして捉えることは危険である
●事実か不明な内容と店主の外見から行動を起こした夏帆はルッキズムにとらわれているといえ、その裏には夏帆の表面的な人間関係が起因している
●本作は前作「夏帆」と地続きのSNSやルッキズムというテーマを有しており、我々読者にも表面的ではないかたちでそれを問いかけている可能性がある
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以上です、お疲れ様でした!
>今日の蛇足
コアリクイの威嚇ポーズはとてもかわいいので、ぜひ検索してみてください
(ルッキズム的感想)。
▼前作「夏帆」の最速考察はこちらです。
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…これだ。





