【レキシントンの幽霊】考察(2/2):時間の固定とケイシーの素性
ごきげんよう、祈(いのり/inori)です。
髪をばっさりショートにしたところ、「ちび◯◯子ちゃん」みたいになりました。
それと、インスタグラム(ID:inori_book)にも記載させていただいたのですが、
本ブログが累計100PVを突破しまして。 ←嬉しいことは何度も言っていくスタイル
こんな得体の知れないブログが100回も読まれることになるとは…
一度でもご覧いただいたすべての方に感謝です。
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さて、前回に引き続き、今回のテーマは村上春樹「レキシントンの幽霊」。
主人公が幽霊に遭遇するレキシントンの家は、実は時間が止まっているのではないか…という点について、もう少し掘り下げていきます。
【この記事で言いたいこと】
主人公が幽霊に遭遇するレキシントンの家は、時間が止まっているのではないか
(以下、「レキシントンの幽霊」のページ数に関するすべての記載は、文藝春秋単行本に拠ります。)
◆前回のおさらい
以降の記事は前回の内容を踏まえてのものとなるため、ここで簡単におさらいします。
前回の記事をご覧いただいたかたは、飛ばしていただいて大丈夫です。
<前回の内容>
・主人公が幽霊に遭遇した季節は、本文中の描写から逆算すると10月=秋である。
・一方で、本文中に二度「春」という言葉が登場している=季節がずれている。
・上記の季節ずれの理由は3つほど考えられるが、わたしは”作者の意図した齟齬=レキシントンの家は、時間が春で固定されているから”だと考えている。
◆(今回ここから)なぜ「春」でなければならないのか
では、いきなり今回の記事の核心に入ります。
なぜ季節が春で固定されているのか。
作者名が村上”春”樹だから…というのも半分真面目に考えましたが、わたしは以下2つのどちらか、または両方の理由が有力と考えています。
1)主人公が初めて訪問したタイミングで、時間が固定されたから
2)歴史的事実を踏まえているから
まず1)ですが、
前回の記事にも書いた通り、主人公が初めてケイシーの家を訪れたのは「四月の午後」(p.13 l.5)です。
この、主人公がケイシー宅に足を踏み入れた段階から時間が固定されたと考えれば、季節は当然春になります。
(※なぜそのようなことが起こるのか、という点については次の章で述べます。)
次に2)ですが、
前回の記事で少しふれた通り、主人公が遭遇する幽霊の正体にはいくつかの説があります。
中でも有力視されているものが、①戦争によって亡くなった人説、②エイズによって亡くなった人説の2つです。
①について、レキシントンで戦争と言えば、「レキシントン・コンコードの戦い」が連想されますね。アメリカ独立戦争のきっかけとなった戦争です。
この戦いが起こったのは、1775年の4月19日なのです。
主人公がケイシー宅を初めて訪問した月と、ぴたりと重なります。
また②について、アメリカでエイズが初めて報告されたのは1981年の5月18日という記載がありました(以下、p.11 右ブロックのl.17-)。
https://www.eiken.co.jp/uploads/modern_media/literature/MM1409_03.pdf
こちらも、月こそちがうものの「春」という季節は一致します。
以上のように、有力視されている2説に関わる歴史的事実は、いずれも春に起こった出来事です。
であるならば、その出来事の記録をそのままの形で保有している家が、「春」という季節ごと出来事の記録を保っている、言い換えれば、時間を止めて色褪せないようにしていると考えることは、それほど不自然なことではないと思います。
◆補足:継承される記録(レコード)
某名探偵の映画のような章タイトルをつけてみましたが、前章1)、主人公がケイシー宅に足を踏み入れた段階から時間が固定された…という点について、少し補足します。
なぜそのようなことが起こるのかという理由ですが、それは、
家に来た段階で、主人公がレコードを引き継ぐ者になったからだと考えられます。言い換えれば、次の継承者が現れたことによって、家は時間を止め、過去の出来事を再生する機能を開始したわけです。
…いきなり厨二病全開でどうした?と思われるでしょうが、わたしは厨二病が平常運転なので問題ありません。
気を取り直して、ここで日本大学文理学部・武内佳代教授の説を引用します。
<武内教授の説>
●ケイシーは父から受け継いだレコード・コレクションをそのまま保存していた
●「僕」は半年ほどケイシーのレコード・コレクションの恩恵にあずかっていた
→「僕」がケイシーの存在や一族についての記録を引き受けることが暗示されている
レコードはもちろん音声記録媒体のことを指していますが、英語にすればそのものずばりrecord=”記録”です。
レコード(記録)の集積に惹かれ、「精神的な抵抗力を失」(p.13 l.2)って家を訪れた時点で、主人公が幽霊と遭遇する運命は決まっていたのかもしれませんね。
(p.36 l.15-p.37 l.2)僕もまた、母が亡くなったときの父とまったく同じように、ベッドに入っていつまでもこんこんと眠り続けたんだ。まるで特別な血統の儀式でも継承するみたいにね。
◆超妄言:ちょっぴり怖い?ケイシーの素性
最後に、再びわたしの妄想全開で締めようと思います。
ここまでの話を踏まえたとき、わたしはケイシーが既に亡くなっているのでは?と思い始めました。
なぜそのように思ったのかと言うと、ケイシーが父親を亡くしたとき、
「そんな世界でこれ以上生きていたくなんかないとさえ」(p.37 l.7)思いながら、
「時間が腐って溶けてなくなってしまうまで眠った」(p.37 l.4)と書かれているからです。
つまり、ケイシーは父親が亡くなった段階で(少なくとも精神的に)死亡しており、
家の時を止める機能によって、身体だけが劣化せずに残っているのではないかということです。
ここまで考慮すると、主人公という次の継承先が見つかり、幽霊との遭遇まで完了した結果、役目を終えたケイシーが急激に劣化していったことにも納得がいきます。
主人公と再開したケイシーが「十歳は年をとって見えた」(p.33 l.4)のは、ジェレミーと離ればなれになったことだけが理由ではないのかもしれません。
家の時を止める機能から解放されたことで、今までのリバウンドが一気に来たから…というのは、考えすぎでしょうか?
ちなみにケイシーの父親が亡くなったのは「十五年前」と明記されているので(p.36 l.7)、
「十歳は年をとって見えた」=父親が亡くなったタイミングからの「十五年」分の歳をとったというのは計算が合います。
そして、万一ケイシーがその運命を知った上で、主人公に継承させたのだとしたら…
「知り合ったばかりの外国人ならまぁいいか…」なんて考えが頭をよぎっていないことを祈ります。
(p.17 l.5)「悪いけれど、君しか思いつけなかったんだ」とケイシーは言った。
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はい。
なんだかまた怖い話で締めてしまいましたが、いかがだったでしょうか。
掘れば掘るほどまだ先がありそうな短編で、記事を書いていてとても楽しかったです。
それではまた次週の更新(11/20予定)をお待ちいただければと思います!
今日の蛇足)こう考えると、レキシントンの家ってケイシーの(というより土地の?)領域展開みたいですね。
わたしが使ってみたい領域展開は「伏魔御厨子」。
でも声に出して言いたいのは「自閉円頓裹(じへいえんどんか)」。
…今回はアニメ・漫画ネタが多いですね(たまたまです)。
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